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2008ハロウィーン
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その箒をみつけたのは、村はずれの丘の上だった。
夜ともなればたいそう綺麗な月が昇る、村はずれの小さな丘の上だ。
頂上には大きな樫の木が一本あって、その根元にそれは落ちていた。傍らには、なぜか一匹の黒い猫。
なぜ、こんなところに箒が。
首を捻りながらも、とりあえずそれを拾い上げる。と、足元で猫がにゃあと鳴いた。
見上げてくる円らな瞳はどこか必至な風情があって、まるで彼女の持ち物を自分が取り上げているかのような気分になった。その場にしゃがみ込み、よしよしと頭を撫でてやると、猫はごろごろと目を細めた。やはり。
猫は猫だ。
手にした箒は家に持ち帰ることにした。
こんなところに放置しておいてもゴミになるだけだし、というのは口実で、実際にはそれが殊のほか気に入ったからに他ならなかった。まるで魔女が空を駆るときに使う箒のようだと。
それはそのような形をしていた。
腰丈ほどもある草をかき分け、丘を降りる。歩調に合わせ、さあさあと葉の擦れる音がするのを、追いかけてくる別の音があった。振り返れば、ふと立ち止まる、黒い影。
しようがない、と吐いたため息は、随分と彼女を喜ばせてしまったようだった。箒と一緒に猫も持ち帰ることにする。ひょいと抱き上げて、懐の中に丸め込んだ。
この季節、太陽が落ちれば後は早い。
2階にある自分の部屋に入ると、ドアの脇に箒を立てかけ、トンと床に猫を下ろした。
ぱすん、と勢いよくベッドに飛び込んだ後、ふと目を遣れば、猫は一目散に窓の桟に飛び乗ったようであった。じっと外を眺めている。金色の瞳を凝らして眺めている。
窓の外には、あの丘を見ることができるはずであった。
小さな丘にも、この刻ならば月が昇っていることだろう。頂上にある樫の木の枝に、ひっかかるようにして大きな月はいつも昇っているのだった。まるで絵本の中に見る風景のようだ、と、思わなくもない。
猫と箒のある生活はそれからしばらく続いた。
朝、床を掃こうとすると―――それは毎日の日課だ、猫はいつも箒にじゃれついて来、ものの見事に掃除の邪魔をするのだ。二本足で立ち、小さな両手をぱんぱんと叩いては箒の房をつかもうとする。それが何とも可愛くて、つい意地悪をしてしまいたくなるのだとは、彼女には内緒のことである。
そして夜になると、気まぐれな猫はベッドに寝転ぶ人間など放ったらかしにして、窓の桟へと飛び乗っては、遠く丘の上を見つめているのだ。
瞳の金色は月の光を宿しているからなのだろうか。ぼんやりと、彼女の小さな背中を見つめているとそんな風にも思えてくる。綺麗だ。
この頃になると、昼間はさほどではないものの、さすがに夜の空気はひんやりと冷たかったので窓は閉めていることが多かった。
暑い暑いと愚痴を言っていた夏もいつしか過ぎて、長袖を重ね着する季節になっていた。
そんなある日のこと。
暗闇に、月明かりが映える宵のことだ。
いつものようにベッドの上でごろごろしていると、階下から名前を呼ばれた。手伝って欲しいことがあるらしい。家族にそう言われては断るわけにもいかず、部屋を後にし、1階へと降りていった。すぐに戻るから、と、猫に一言残すのはいつしか習慣になっていた。
この日も、にゃあ、と彼女は小さく頷き。
けれど、余りにも長い間じっとこの目を見つめて来たのには、何事かと思わず立ち止まらずにはいられなかった。その、何か言いたげな瞳の色にはどこか見覚えがあって。その場にしゃがみ込み、よしよしと彼女の頭を撫でてあげた。初めて会ったときのように、ゆっくりと何度も撫でてあげたのだ。このときから、予感のようなものはあったのかも知れなかった。
用事を終え、2階の部屋に戻ったとき、そしてそれは現実となった。
扉を開けた瞬間、何かがおかしい。
最初はその違和感の理由に気付くことができなかった。5秒経った頃だろうか、10秒だろうか。しばらく馬鹿みたいにドアに立ちつくした後でようやく気付いたのだ。
猫がいない。
ベッドの下、布団の中、机の影、タンスの奥。大慌てで探してみても、やはり其処のどこにも彼女はいないのだった。ただ、ひらひらとカーテンが風に舞い。窓が大きく口を開けて月の光を吸い込んでいた。
ああ、窓から出て行ったんだ。
虚ろな思考はようやくそこに辿り着く。窓の傍にはそれなりの高さの木があったから、身軽な彼女のこと、それも不可能ではないのだろうと。ただ。
この季節、日が落ちてからというもの窓は閉めておくことが多かったので。
猫の手でどうやって鍵のかかった窓を開けたのかと思うと、そればかりが不思議で。
そう、そればかりが不思議で、このとき猫と一緒に箒がなくなっていたことに全く気付くことができなかったのだ。風に舞うカーテンに何度頬を叩かれても。
それからどれだけの時を、ぼんやりと過ごしたことだろう。
しばらくすると、窓の外から声が聞こえてきた。
猫ではない、人間の声だ。
「Trick or Treat!」
子供たちの賑やかなその声に意識を打たれ、は、と我にかえった。そういえば、お菓子はどこに置いたんだったろうか。慌ただしく思い出しながら階段を駆け降りる。子供たちの勢いに気圧されるようにして玄関の扉を開いた。
風が吹き込んでくる。
遠く、丘の上には大きな月が、頂上にある樫の木にひっかかるようにして夜に張りついてた。
なんて美しい光景だ、と、目を細めてしまったから気付かなかった。
金色に輝く月の中を、横切っていく黒い影があることに。







thanks! まり那 chan.


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再びありがとうございましたv
前回の作品とはまた違った色合いで楽しく拝読させていただきました。まだまだいけますよ、是非書き続けてくださいねv
そしてカツアゲして、すみません(笑)
blue 2008/11/03(Mon)01:07:50 編集
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